スマホとネットと子供と大人

2012年09月19日(水)【
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最近では携帯電話もガラっと様変わりし、スマートフォンと呼ばれる、電話と言うよりもむしろ端末に近いコンピューターのような何かが強烈な勢いでアピールされている。

インターネットも法整備とかアレコレで十数年前とはずいぶん変わったけど、それでもやっぱり便利で、今の自分を支える重要な存在なのは言うまでも無い。

でもなんだか疑問に思うことも多かったりして、もう自分も子どもを持つ親として、なんかムニョムニョすることもあったりするのだ。

今回はそんなデジタルを一歩引いたところから見たお話。

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そのスマホ、子どもに触らせてませんか?

最近すごく多くなったんだけれども、やたらと間違い電話がかかってくる。
しかも取引先の営業さんからだったりするのがタチが悪く、なんでそんな間違い電話だらけになるのかと、最初は使い慣れてないから誤作動なんだろうなーって思っていたんだけど、実は全然違っていて、子どもがゲームをするためにスマホを触り、その後作動から電話がかかってしまうと言うパターン。

スマホは無料のゲームなんかも簡単に手に入るので、子どものおもちゃとしてはかなり使えるのは分かるんだけど、それ、電話だよ? 大事なお客様の情報たくさん入ってるんだよ?

とは言っても、普通の携帯電話からスマホに切り替えて最初にびっくりするのは、電話を掛けるのがあまりにスムーズなことだと思う。
ダイヤルボタンが無く、静かにすばやく通話ができちゃうので、逆に不安になると言うか、もう一段階確認画面とか出ても良いんじゃないかなーとは思うんだけど、とにかく間違い電話が増えた。
しかも、原因は本人ではなく子ども。

実はこれ、うちも同じようなことがあって、うちの坊主も、もう2歳になるんだけど、変なところで知識をつけてしまったと言うか、iPhoneのロック画面なんて簡単に解除して勝手にアプリを触ることが出来るようになっている。
わずか1歳半で出来てしまうような挙動なのだ。

よって、僕はiPhoneは絶対に子どもの手の届かないように置くようにしていて、代わりにiPod touchを手動でネット接続する形にし、個人情報(IDやアプリDL用のパスワードなど)に関するものも全て面倒でも一回一回入力するように設定し直して触らせるようにした。
今では僕のiPhoneは「触ってはいけないもの」と解釈しているようで、代わりにiPod touchで数字遊びなんぞをしている。
あと、絶対に一人では触らせない。(何も分からない子供にデジタル機器を易々と触らせること自体が良いかどうかと言われると、それはそれで疑問だけどね)

スマホを子どもに触らせちゃ駄目! って言う訳じゃないんだけど、様々なことが簡単に出来ちゃう高性能なコンピューターを、まだ理解もせずに触らせることのリスクって言うのは考えておいた方が良いと思う。

子どもにリテラシーを強制しても無駄。まずは自分のリテラシーから。

子どもは好奇心旺盛なもので、そうでなければならないと思っている。
好奇心の無い子どもなんて見てて可哀想になるだけで、やっぱり興味のあることは自分なりに色々調べてみて欲しい。

しかし、現状におけるネット環境やスマホ環境において、その好奇心が仇となるケースは多く、過剰に好奇心を煽るものや、不必要なまでに子どもをターゲットにするもので溢れ返っている。
近年のソーシャルゲームにおける様々な事件を見れば誰だって危険の一つや二つは考えるだろう。

そう言った「過剰なまでに好奇心を煽る玩具」の一つの最終形態ってスマホなんじゃないかなーと。

子どもに好奇心を持たせると言うのはとても重要なことで、親としてはそれを応援するべきだし、学校教育の中でそれを研ぎ澄ませて行くってことも大事だと思う。
多分ここら辺から「子どもは自由にさせるべきだ」といったゆとり的な発想が生まれたんだろう。

でも、子どもはそれをコントロールする力をまだ持っていないわけで、善悪の区別無く好奇心の赴くままに突き進んじゃうことは当然あって、親として、何が駄目で何が許されるのかって言うボーダーを引いてあげないと、それこそ本当にどこまでも進んでいくのが子どもってやつだ。

「放任」と「見守る」は決定的に違う。
その理解も出来ないまま、自由を盾に子どもになんでも与えて良いとは思わない。

大体、僕だって初めてパソコンを本格的に触るようになったのが大学生になった直後、19歳のことで、インターネット回線引いた直後にYahoo!から速攻に颯爽に「エロ」と検索したくらいだ。
より好奇心の強い子どもに同様、もしくはより進化したものを持たせ、放置したらどうなるかなんて考えなくても分かるだろう。
今では何でもインターネットにつなぐことが出来る時代だ。
子どもにリテラシーを強制する前に、子どもにそう言った環境を与えるに足る前提の教育が必要なんじゃないかしら?

少なくとも、今のところはスマホを子どもに持たせたいとは思わない

あくまで「現状」の話だけど、自由を盾に何でも出来る端末となったスマートフォンを自分の子どもに持たせたいとは思えない。

これから数年後、自分の子どもも携帯電話を持つ日が来るだろうし、それは恐らく携帯電話に模したコンピューターであると言うことも十分予想できる。
しかし、現状の環境のまま、誰もが自由すぎる環境で何もかもが許されるようなものであれば、とてもじゃないけど怖くて持たせられないんじゃないかなーと思う。

時代が変われば子どもも変わることくらい重々承知しているけれども、精神的に未成熟で、善悪の判断、情報の取捨選択が出来ない子どもが持つにふさわしいかどうかを時代に委ねて良いのかと言われれば疑問だ。

逆に、法律でそれを抑圧すると言う考え方も好きじゃない。
スマホ自体が完全に悪いとも思わない。
規制をしろというのではなく、子どもが自由の意味を理解し、責任とリスクの何たるかを教育として学ばせる必要があるのでは? と言うことだ。

しかし現状においては、多くのことが許されてしまうスマホの利用は怖い。
iPhoneであっても例外ではないし、こう言ったものが簡単に、とても簡単に誰でも触ることが出来る現状はちょっと危なっかしい気もしている。

まず子供を育てるのは親。学校や社会はその次。

大切なのは、大人がしっかりとしたルールを敷いておくことで、例えばマジコンや無料の違法DLを法律で取り締まるのは簡単だけど、どこかで必ず抜け穴が出来るもので、やっぱり完全なわけが無い。
それよりも怖いのは、大人が子どもにそれを推奨すると言う行為を平然としちゃう事自体なんじゃないかと思う。

割と教育と言うのは重要と思っているところがあって、学校の教育は必ず受けるべきだ! と言うわけではなく、大人として、親として、子どもの好奇心を促しながらも、善悪の判断、情報の取捨選択が出来る力を育てることが大切なわけで、全てを自由意志、他人任せにするってことは残念ながら正しくはない。

大切なことは親から最初に伝えるべきだ。

なんかのゲームであった言葉だけど「親は子の選択肢から、不適当なものを間引く権利がある」ってのは、それはそれで正しいのではないかと。
上記のはちょっときつい言い方だけど、何でも許していいワケじゃないんだし、出来るなら自分の子供にはこんな世の中であっても逞しく、出来る限りでいいから正しく生きて欲しいと願う。

デジタルに関わる側の矛盾

こうやってインターネット繋いでパソコンとにらめっこする日々の中で仕事もしていても、分からないことの一つや二つはあるもので、僕らはその際にいつだって「ググっている」んじゃぁないだろうか。

僕らはもう大人になってしまい、物の調べる効率や、必要性を理解してしまっているから、こんな方法も許されるのだろうけど、正直言えば子供に検索エンジンの存在なんぞビタイチ教えたくない。

分からないことがありました。夏休みの自由研究です。
調べ物は検索エンジンで全て調べました。プリントアウトすればすぐに資料が出てきます。

と言う時点でなんだかもうね、もうね。
オッサン悲しくなってくるって言うか、そう言うことって子供が自分で図書館に行く、親が連れて行くなどして、様々な資料を探し、自分で必要な資料を選んで、書き写してって言うプロセスがあって始めて成立するって言うか、それこそが自由研究の本意と思っていて、「自分で任意に調べたいことを調べる」って言う行為に対してインターネットの存在はとても億劫に感じられる。

デジタルな僕らからすれば調べ物の大半が検索だけれども、なんだかんだで様々なプロセスをすっ飛ばした行為でもあるのよね。
でも僕らは、そこにリスクがあることを知っているから使いこなすわけで、でも子供はそうはいかない。なんでもかんでも手に入るって思っちゃうだろうし、面倒ごとを嫌がるところもあるので、率先してインターネットを利用しようとするだろう。

果たしてそんな子供を目の前に、自分はそれを何らかの形で注意できるのか。それとも、ただその姿を見つめるしかないのか。
こればかりはもう少し未来にならないと分からないけど、そう言ったことが当たり前のように見られるようになってきていること自体に何か疑問を感じているところだ。

僕らはインターネットの便利さと恩恵を知っていて、それを最大限に享受しているけど、それを子供に簡単に与えたくない と言うか。
ん~~~~~。

大人として、親として何をすればいいんだろう?

どれだけ隠そうとしても、どこかで抑えようとしても、インターネットに繋がるデジタル製品の波は止まらない。

例えば僕が幼少期の頃に登場したファミリーコンピューターなんて物が出たときなんて、自分の両親は何を思っただろうかとか、親になってそんなことを考えるわけだ。

ファミコンばかりしてたら目が悪くなる。バカになる。社会性が身につかなくなるなんてことが言われたけど、まさに自分がそれを体現してるのかも知れないっていう恐怖もあったりして、やっぱりスマホや携帯ゲーム機なんぞ触らせまくったら、そんな風に育ちかねないなって言うのは、確かにある。

時代時代で変わっていく物があることは重々承知しているんだけれども、それでもなお変わらない物を与えてやりたいって言う気持ちもあったりして、子育てって難しいよなーって、色々と戸惑う日々だったりもするのだ。

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