きっかけは、おもちゃのカメラ

2012年06月20日(水)【
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今でこそデジタル一眼レフを持ってヒャッハー! などと言っているが、実際のところ、そんなにデジイチ歴が長いと言うわけではない。

むしろ、初めてまともにデジタルカメラを手にしたのが7年くらい前の話で、そもそもカメラ歴が長いわけでもない。

でもこうやってお仕事で写真の撮影をしてみたり、写真素材集サイトを作ってみようなどと思えるようになったりと、ここまで来ることができるようになったわけだけれども、そのきっかけって別に高い意識を持っていたとか、高尚な理由を持ち合わせていたと言うことも無く、単純な話、今でもファインダーを覗き、シャッターを切るあの瞬間がたまらなく好きだからと言う、本当に、本当に些細なことが全てのようにも思える。

その全てのきっかけがわずか数千円のおもちゃのカメラ。
今回はそんな全ての人にとってどうでも良い自分語りでも。

アテクシの黒歴史でも穿り出しながら、ギャァァアアアァァアァ! って叫びつつ書き書き。
(BGMはThe Pillowsの「Funny Bunny」か「白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター」で)

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クソッタレな日々の中、初めて触ったカメラ

カメラを触るようになったきっかけって本当にくだらないもので、当時22歳。
大学生で就職活動真っ只中。

経済学部の人間がデザイン業界に足を突っ込むって事自体が結構無謀なところがあって、まー上手に就職活動が出来るわけも無く、受ける会社受ける会社軒並み不採用。

それに重なって当時付き合っていた彼女ともこっぴどい別れ方をしたもんだから、なんていうか、「上手くいかねぇなぁ~」みたいな。

要するにクソッタレな大学生活の残りカスのような時間の訪れ。
今思い出してもなんだか散々だ。

そんな時だったので、なんか逃避先を見つけたかったし、かと言って人に八つ当たりするのもなんだか憚られるみたいな感じで手を出したのが、親父がもう使っていない古ぼけたカメラ。

ASAHI PENTAXの小型一眼レフなんだけど、とりあえずなんか写真でもやってみるかね みたいなノリで触ってはみたものの、フルマニュアルな上に露光の知識も全く無いわけだから、上手に撮影なんぞ出来るわけも無い。
現像に出してみたところ、9割が真っ暗の写真で大恥かいたりとか。


ASAHI PENTAX

やっぱりクソッタレなときには何やってもクソッタレなもので、写真すらまともに撮れやしないのか! ってな感じで、色んなものを投げ出したくもなったのだけれども、なんだかんだでファインダーを覗き、シャッターを押したときの「カシャン」って音は結構気に入っていたこともあって、インターネットで露光の基本みたいなものを調べて、まずは実践してみることにした。

素人なりにも続けてみるとなんとかなるもので、35mmフィルムを10本も消費する頃には「写真っぽいもの」みたいなものが撮れるようになっていたりして、そう言うちょっとしたことが嬉しくなってみたり。

ある程度写真らしいものが撮れるようになってきて、沈んでた気持ちも少しずつ膨らんできて、そんなときに出会ったのが一台のカメラだった。

それはそれはみすぼらしいおもちゃのカメラ

当時親しかったインターネット仲間(要するにチャット友達)とカメラの話をしていると、一台面白いカメラを譲ってもらうことに。

それが今でもマニアな人気があったり、一部のiPhoneのカメラアプリでもちゃっかりフィルターとして残ってたりする
「LOMO SMENA8M 」通称「スメハチ」。多分レンジファインダーっぽいの。

LOMOは主に顕微鏡や望遠鏡などのレンズを卸している、ソ連時代から続く光学機器メーカーで、今はもうカメラ事業から撤退しているので、現行のLOMOカメラは中国製のレプリカである場合がほとんど。
オークションだと割と安価で買えるけど、最早需要らしい需要も無い。

当時の金額で4980円くらいだったかな?
ボディはプラスチック製。レンズはT-43って大層な名前がついてるけど、古きよき時代のコンタックスやローライ、ハッセルブラッドなどでも採用されていたテッサーレンズの偽物。
ファインダーの位置がなんだかおかしい。


SMENA8M

距離計はついているけど特に意味は無く、一応シャッター速度的なものは操作できるような気がする(一応それっぽい動きはする)と言った、いわゆる「おもちゃ」である。

当然おもちゃだから、一眼レフ特有の重厚なシャッター音など存在せず、本当にシャッターを切ったかどうか忘れてしまいそうなほど軽い音で、さらに作りが甘いので、光がカメラ内部に入り込んでフィルムに平気で感光してしまい、24枚撮りのフィルムのうち、5枚は捨てざるを得ない状態になるみたいな。

マニアなカメラファンからすればぶっちぎり「ふざけんな」と言う怒号が聞こえてきそうなカメラなんだけれども、これが本当に楽しかった。
特に、一般的なちゃんとした機種に比べて色んなものがシビアなので、露出からピントまで最後まで意識しておかないと速攻で失敗する分、徹底的に露出調整の方法を学んだり工夫などしてたと思う。

今でも「与えられたコンディションの中で、最良の結果を出すには」って言う考え方の根本ですら、トイカメラを通じたものがあって、はっきり言っちゃえば劣悪なカメラなんだけれども、どうすれば綺麗に撮影できるのか。
納得の出来るものになるのかって部分は試行錯誤で何とかできるものもあるわけで、必ずしも最新でなければならないって言う自分の中のエゴを払拭することが出来たのも、ちょうどこの時期くらい。

良い写真を撮るための敷居はとても高いけれども、頑張ればそれっぽくは見えるし、そう言うことを考えていると、クソッタレだった時間も吹き飛んでしまう。
ファインダーを覗いた向こうには永遠が広がっている。中二病よろしく、そんなことを考えたこともあったなぁ。

トイカメラが自分にもたらせてくれたものって本当に大きく、現在の自分のスピリッツ・・・って言うと過大表現だけれども、考え方は今でも残っている。

肩肘を張らない。
時に妥協も大切。
無いものは工夫で補え。
良いものは誰がなんと言おうとも胸を張って良いと言え。

そんな風に考えられるようになると、自分の行動も自然なものになるって言うか、良い意味で頑張らなくなった。
大事なものはシャッターを押せば切り取れる。
世の中もきっとそんな単純なものなのかもしれない。

肩の力が抜けると、次第にいろんなことが面白い方向に回り出すもので、フィルムも100本ほど消費する頃になると、いつの間にか就職も決まっていて、こんなクソッタレでも評価してくれる人もいたりすることに気づいたり、なんだかんだで世界はクソッタレでもなんでもなかったことをやっと理解できるようになっていたり。

良い写真ってなんなんだろうね

例えば人が見て「これは良い写真だ」って思ってもらえるようなベストショットが撮れる。
これって嬉しいことだし、そう言った評価って時に大事で、モチベーションの向上にもなりうるもので、出来ればそう言ってもらえる様な写真を撮りたいって言うのは確かにあると思う。

でも、自分の大好きなもの。自分の子どもとか、好きな人とか、おもちゃとか、自信作の料理もそう。そう言った自分の中でしか理解することが出来ない対象を切り取った写真も、きっと「良い写真」なんだとも思う。

あと、カメラを選ぶときに一眼レフが良いとか、ミラーレスが良いとかあるけど、実はそんなにこだわっていないタイプでもある。
その人によって使うシーンは違うし、撮りたいものも違う。使用頻度も違えば持ち運び環境も違うわけで、確かに一眼レフやミラーレスは奥行きのある綺麗な写真を撮りやすいけど、携帯性で言えば持ち運び面倒だし、コンパクトタイプだと携帯性が高いからいつでもどこでも使えるけど、ちょっと物足りないなーってなるときもある。

でもそれって、その人の使い方によって変わるもので、使いやすかったらなんでもいいんじゃないかなーと。
デジカメの場合は映像素子(CMOSやCCDのこと)のサイズや画素数によって変わってくるものが多いから、選び方ってシビアになりがちなんだけど、そんな高い意識持っている場合であればともかく、どれもそんなに変わんないよ?

カメラってすぐにでも始められることの一つで、自分の世界で楽しめるものの一つでもあるんだから、仕事でもない限りはテンプレート通りの「良い写真」にこだわる必要ってそんなにないんじゃないかなーと。
ファインダーから覗く世界が好き。シャッターを切る瞬間が好き。納得の出来る写真が出来る瞬間が好き。どれでもいいじゃない。

思い描いたシーンを1枚の絵として切り取るため、そのシャッターを押す瞬間の無心は心地が良くて、今でもそれを追い求める。
腕は決して良いわけじゃないけど、嗚呼、カメラが好きなんだよなーって思いながらいつの間にか10年。

もう、トイカメラを触ることも少なくなった。

デジタル一眼レフを触っても変わっていないもの

デジタル一眼レフを持つようになって、もうこれしか触っていないんだけれども、割と当時の知識や経験って活きていて、例えばコンディションの悪い状態の撮影(蛍撮影とか)なんかは、与えられた環境でどうすれば最良の撮影ができるかとか、撮影の際、出来れば注意しておきたいことも身体が覚えているもので、今時のカメラで言えば決してありえないであろう不具合の可能性においても対処ができるとか、本当に基本的なことだけれども、おろそかにはしないって感覚は染み付いてたりする。

もしもこれがトイカメラであれば、一発で失敗写真になってしまうのだ。何度も撮りなおしの出来るデジカメだけれども、ここ一発で勝負したいときにはそんな時間も与えられないこともあるし、何より仕事でイベントの撮影ともなると、本当にやり直しが利かない。

よって、そう言った撮影の場合、必ず「もしもこれがトイカメラだったらどうする?」ってことを徹底的に意識していたりして、安直なエラーだけは出さないようにするって言うのは、実際の体験があるからこそできる考え方だとも思っている。

デジタルカメラは本当に便利で高機能。
写真は綺麗だし、パソコンにすぐ持っていけるし、何よりカメラ自体の性能が良い。

それでもなお、あえてトイカメラフィルターを掛ける人もいれば、「温かみのある写真」みたいなものを求める人も存在しているわけで、そう言った世界における「良い写真」って言うのは、今も昔も変わってないのかもしれないなーと安心してみたりもする。

Instagramなんかは特に有名と思うんだけど、ああ言うコミュニティって、昔あったトイカメラユーザーの集いがもっと分かりやすい形になった良いサービスだなーとも思ってる。
(何気に僕もやってるので、よし見てやろうって方はtwitter(@4_5matworks)と同じIDなので、よろしければどうぞ)

もうトイカメラと言う存在自体がすでにブームを終え、過渡期を過ぎ、或る一つの形に収まっているんだなーって言う実感はあって、その全てを好意的に捉えてるわけじゃないけど、それはそれで写真が好きな人にとってのスタンダードとして残ってるのは、なんだか嬉しかったりもする。

僕が好きだったトイカメラはもうほとんど触らないけど、今の僕を作っているのは、多分、トイカメラ。
どれだけデジタルカメラが進化しても、これだけは変わらない。

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