価値を見出す、価値を生む、価値を教える、じゃぁ価値って何?

2012年12月10日(月)【
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最近で言えば、誰でもプロ品質の名刺なんて安くて簡単に作れるものだし、ちょっと勉強すれば、誰でもそれなりにWEBサイトを作ることも出来れば、プロ顔負けのものすごいものをアマチュアの方が作っている! なんてこともそんなに珍しいことでもない。

例えばニコニコ動画なんてその最もたるものだと思うんだけど、実はプロしか出来ないと思っていたことが、恐ろしい才能を秘めていたアマチュアによって達成されているってなことが日常茶飯事だ。

在野にはものすごい才能を持った人がたくさんいて、それをインターネットと併用することで、注目を集めるようになる。

それはもう日常の中で経験したことも多いものだろう。

しかし、プロの現場として考えてみると、「誰でも出来るのだから、もうそこまでお金払ってやってもらわなくてもいいや」状態も懸念されるわけで、ただでさえ単価の低い仕事が、さらに単価が落ちてしまい、どれだけ頑張っても収益に結びつかなくなってしまう なんてことになってしまいかねないし、すでに身に沁みている人もいるんじゃないだろうか。

自分しか出来なかったはずのことが、いつの間にか誰にとっても当然のものになり、技術の価値が平均化されていく恐怖。

ものづくりの現場で戦っている人の難題。

じゃぁ、これから僕らはどうすればいいんだろうってことを、ちょっと考えてみた。

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技術も知識も財産であり、大きな価値であるってことを見失わないこと

原則として、一般の人たちが出来ないことが出来るって言うのは、ただそれだけで財産であるって言うのは、絶対に忘れてはならないことだ。

ただし、その価値は出来る人と出来ない人との数の関係で平均化されてしまいやすくなり、次第にその価値は最盛期よりも落ちていってしまう。

これは当然のことで、不景気ドストライクな今のご時勢で大金なんてそうそう払ってなんかいられない。
能力や技術が同等なら、人は安いほうに転ぶ。そこに情があればある程度食い止められるんだろうけど、いつまで持つかなんて分からない。

出来る人の数が増えれば、それだけ相対的な価値は下がる。

でも、一番大切なのは、技術も知識も財産であることに変わりはない。
例え価値が下がったように見えても、「出来る」ってことは凄いことで、万人全てが成しえることが可能なものでもない。

能力が平均化していくなら、じゃぁ「あなたとして」何かを加えることで、それは新しい価値になるはず。
それを怠って価格競争に臨むか、それとも新たな価値を生み出して、そこで勝負をするか。それは自由だけれども。

きっと、あなたにはもっと出来ることがたくさんあって、でも、その価値を理解していないとするなら、それはとても残念なこと。
それを理解してから、まずは一歩、次を考えたい。

これまでとは違う価値を提案すると言うこと

言葉にすると難しく感じられるけど、決してそんなものじゃない。

例えば僕の場合、デザイン的な能力と言えば、多分そんなに無い。
センスの良し悪しを問われるとすれば、他の人たちと勝負することは出来ないだろう。

ただし、「物を売るために出来ること」「利用者が快適に使うために出来る提案」「製作速度」なら勝負できる。
デザイン的な価値で劣るなら、別の価値を付随させることで土俵に上がっている感じだ。
だからこういう方向性で作っていきましょうって言う提案を元に印刷物やWEBサイトの形を提案していくって言う流れ。

これによって、「こいつに頼めば、こういう感じで作ってくれる」って言う納得を生むことにも繋がっていくもので、幸いにも現在においてはお仕事をいただけている状態だ。
しかし僕の場合短納期案件結構多いので死んでるので、別の価値も考えねばならぬとかは結構考えてる。

多くの人はその価値に気づいていない

営業方法や自己アピール的な問題もあるんだけど、基本的に人は結果以外に興味は無いわけで、例えばクライアントで言えば、製作を依頼することで仕上がってくる成果物にしか興味を持たない。

悪い言い方をすると、これって「望んだものであればなんでもいい」ってことにもなっちゃうわけだ。
もっと悪く言うと「望んだものを作ってくれるなら誰でもいい」ってなっちゃう。

最初に書いたけど、「最近ではプロ、アマ問わずにものすごい能力を持った人が可視化されている」環境になっているため、逆に価値の判断がつきづらく、同じ技能で望んだものを同等レベルで作ってくれれば、割とOKみたいな風潮は生まれつつあるようにも感じる。

良いか悪いかはともかく、これは「作ってくれる技能」の価値しか見られていないわけで、技術が平均化しているこの環境下で仕事を取りに行く、今後も付き合い続けるなんてのは結構難しい。

しかし、自分が製作に携わることで、自分しか提供できないであろうメリットをしっかり伝えてみると、そこから良い意味で差別化が生まれてくる。

ここに頼むと、金額は安いが、作ってくれるだけ
と、
ここに頼むと、最安値よりはちょっと金額かさむけど、うちにとってメリットは大きい
では、その後の解釈もかなり変わってくるもので、そこに付随された価値があれば、それに対する評価もされるものだ。

人はそのものの価値を大して理解していない場合の方が多い。
だから、その価値を伝えるだけに留まらず、新しい価値を提供しなければ、平均化されていく環境の中で戦うのは困難になってくるんじゃないかなと。

重要なのは「まずは自分が関わる上でのメリットを相対的に考える」ことからはじめ、それを「クライアントにとって嬉しいものにフィードバックするためのプロセスを構築する」と言う流れを経て、「実際にどれだけの価値があるかを伝える」って言う形を作ること。

これは前にも書いたけど「人は興味の無いものしか覚えない」って言うのがあるので、いかにわかりやすく、選んでもらうことで価値を見出してもらうかってことを伝えていく力も、今後は求められていくのではないかと思うのだ。

そこに「あなたにしか出来ない価値」が生まれる。
それは大きな武器だ。

マイナスの価値を覆すこと。価値を置き換えること。

全ての人が依頼される全てをこなせるわけじゃなく、やっぱり得意分野と苦手分野は出てくる。
能力的に出来ない、今のところ対応しきれないものって言うのは当然出てくるわけで、さらに限られた予算の中で、全てをかなえることは困難だ。

そうなると、どれだけ心苦しくても「出来ません」ということを伝える必要があるわけだけれども、こういったことも価値を置き換えることでなんとかなったりすることもあるものだ。

出来ないというのは、クライアントにとってはマイナスの価値でしかない。
して欲しいのに出来ないのだから、それはもう仕方の無いことなんだけれども、代わりに自分の得意分野で代替することは出来ないか。コストを下げ、労力を削る代わりに、この方法で希望を再現することは出来ないかというところに至ることが出来れば、また話は変わってくる。

前述の通り、僕はデザイン的な事は決して得意分野ではないわけだから、当然「デザイン最高にかっこよくしてくれよ!」って言われると結構苦しい。
かと言って、出来ませんと一言伝えて終わりでは、マイナスの価値はマイナスのままだ。どうにかしてそれを覆さなければならないわけで、そういう際には別の価値のあり方を提案し、納得を取り付けるように動くよう考えている。
それで無理なら諦めるけど。

出来ないことは出来ないでいいのだ。
勉強不足を恥じたり、技術不足を悔いるのは後で良い。これから増やせばいいのだから、現時点の段階で出来ないことはしっかりと断るって言うのもプロの在り方のひとつ。
でも、それだけじゃやっぱり悔しいし、取れるはずの仕事が取れなかったって言う後悔をしたくないなら、「価値を置き換えて提案する」って事も選択肢の一つなんじゃないかと思う。

僕が今まで見た自己アピールの中で、かっこいいなーって思ったのが
「体力には自信はありませんが、健康には自信があります!」
ってやつで、おいおいどっちだよ・・・ってなったんだけど、実際本当に風邪引かない奴で、労力的には決して長時間に耐えられるかって言われると疑問だったけど、休むことは無かったし、与えられたことはしっかりとやってのけてるのを見て、嗚呼、こういうのもアピールひとつなんだよなー。なんて、ちょっと思い返してみたり。

後であのアピールがどこぞかでパクってたのを知ったのは数年後なんだけど、それはまた別の話にしておこう。

価値を伝えるテクニック

はてブ的タイトルに見る価値の伝え方

「あなたが○○することで得する○つの方法」なんてタイトルを何度となく見たことがある人も多いと思うんだけど、これはものすごく典型的な方法のひとつ。

解析すると、「あなた」って言うのは誰でもない読者本人であり、読者が実践することで「得(メリット)」があり、さらにそれが1個から複数個ある。ということが明確に記載されているわけだ。
断定されると結構靡きやすいというか、納得感を演出しやすいと言うのはメリットのひとつ。

つまり、「これすれば読者は結構良い感じに得するよ」って言われれば、あとの結果は実際にはてブを見れば一目瞭然だろう。

これは心理的に価値があるって伝えやすい方法なわけで、釣られてる可能性もあるものの、クリックせずにはいられないって言うお話。
タイトルのインパクトがどうとか言われてるけど、ありていに言えば、そこに価値が見えたからクリックした ってだけの話になるんじゃないかなぁ?

数字は価値に直結しやすい

上記の通り、はてブ的タイトルでお馴染みの「○つの方法」みたいなものは、即座に価値として受け入れられやすい。

CMでも多いのは「○○%のお客様が認めました!」とか。
数字と言うのはそのものとしての価値は存在しないけど、何かを付随させることで伝えやすいものに化ける。

例としては、クライアントにレイアウト案を提示するとき
「このデザイン手法だと、利用者のクリック率が30%向上することが分かっています」
みたいな。かと言って数字を捏造するような嘘ついちゃ駄目だけどね。

数字と言うのは分かりやすいもので、あるのと無いのとでは、結果は相当に変わってくる。
まだ取り入れたことが無いなら、一度使ってみることをお勧めしたい。

「私なら出来る」的自己アピール

自分を売り込む時って、何を主軸に売り込むかって考えてみると、結局は得意分野からスタートするわけだ。
これをいかに強烈な武器としてアピールするか。そのためのテクニックとして何を取り入れて提案することが出来るかって言うのが大きなポイントになるんじゃないかと思う。

「他のところではできませんが、私ならこれが出来る」

それはどんな些細なことでもいいし、他社、競合相手になくて、自分にあるもののストックから出せるなら、それを紹介することで、なんらかの評価を得ることが出来るかもしれない。

「俺っち、こういうことするなら負けないよ」

って言う分野を思い返してみたり、これから作ってもいいし、提案に至るまでのプロセスを構築し、戦いに備えても良い。
とにかく、相手はそもそも価値を理解していない可能性が高いのだから、伝えなきゃならないし、伝えることが出来る力を養うべきだと思う。

で、価値って何?

最後の最後に持ってくる見出しとしてはどうか って感じなんだけれども、そもそも「価値」って何かってなると、その定義は難しい。

人によって違うものだし、何を以って何を価値と捉えるかって判断は当人に委ねるしかない部分もある。

僕が考える「価値」って言うのは、「相手が嬉しい条件を揃える事」だと思っていて、その条件を揃えることが出来れば出来るほど、価値は高いと言うことになる。
相手の気持ちにより添って価値を提案することもあれば、自分の力で価値を提供して納得させる方法もあって、そこんとこは結構ややこしいので、人を見て、コミュニケーションの中で決めていくしかない。

とは言っても、全てをかなえられるわけじゃないし、ビジネスとして考えるとなると、結構難易度は高い。
足を引っ張る要素はたくさんあるし、予算、技術、本人の能力、与えられた時間など、100%を提供するのはおよそ不可能だ。

100%になりえないからこそ、人は値踏みをするし、自分にとってのメリット・デメリットを計算する。

その上で、相手がなんらかの基準によって価値の有無を決めるわけだけれども、モノつくりの現場に携わる一人として考えているのは、

「価値を相手に正しく伝えること」
「新しい価値を自分の手で生み出すこと」
「その価値を研ぎ澄ませて、より新しい価値を作り出すこと」

は、もっと考えていかないと、これから先はもっと厳しくなるんじゃないかなぁと。

時にそういうのは結構面倒だと思うし、人によっては、わざわざそんなことまで考えずとも、すでにオンリーワンの何かを理解していて、それで勝負しているんじゃないかと思う。

でも、いつかは自分の能力はどこかで平均化されてしまい、自分だけのものにはならなくなってくる。
それを理解して、自分の仕事と向き合えるのか、自分の作り出すものと会話できているのかって言うのは、ずっと考えていかにゃならんことなのだよなぁ なんて思ってみたりもするのだ。

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