結婚して5年経って記念日もあって家族の事も考えたりしてて色々あるんだけどそれはそれとして人生は上々なんじゃない?

2014年10月02日(木)【,
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5years

10月10日で5年目の結婚記念日を迎えるんだけどね、もう5年も経つと記念もクソもないよなって気持ちもそれなりにありつつ、もう5年も経ったのかーなんて思う事もあったり、家族の事とか、子供の事とか思う事もたくさん出てきたのでちょっとまとめておこうかと思う。

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相変わらず家族仲はいいですよ

結婚して数年経つと、家族に対しておざなりになる事とか、妻に対して色んな不満も出てくるみたいな話も聞いた事はあるんだけれども、うちは今のところ特にそう言う事もなく、相変わらず話をしたり空いた時間にどちらかが家事をしたり子供の面倒を見たりと、特に何か変わったと言う事も無く。

ちょっとだけこれまでと違うのは、長男君がやたらと喋るようになって活発に動くようになったので、それに振り回されて思うように会話が続かなかったり、次男君も立って歩いてこけて泣いてを繰り返すので、そのせいで毎日がバタバタしたりとか。元々賑やかだったのが余計に賑やかになった感じ。

子育てについて語るのはもう飽きた

探してみようとせずともインターネット界隈で色んなものを見ていれば、勝手にフリーランスの子育て論とか、育児にまつわるエトセトラなんぞが目に入ってくるんだけれども、もうあんまり興味ないなーって感じになってきた。

と言うのも、当然の事ながら人によって、それぞれの家族によって生活リズムは違うし、生活のスタンスも違う。労働形態も違うし、そもそも人生からして違うんだから参考に出来るものなんて案外無くて、大多数が考えそうな子を想う気持ちを大切にって言うことが分かればそれだけでいいんじゃないかと。

ただ、思うのは「子育て」って言うカテゴリで生活をくくると結構苦しいもので、子供は自由奔放だし、親の言う事なんて全然聞いてくれないから、自分の人生の都合と照らし合わせてみると結構困る事が多くて、それが悩みに繋がっていくパターンってのは多い。

子供なんてそんなもんだっていう開き直りが出来ればそれでいいんだけど、どうしても時間の制約の中で生きていかなきゃならない大人にとって子供の自由は時に迷惑を感じるし、何かにつけて束縛されてしまう事に不覚にも一瞬の憎悪を覚えてしまう事だってある。

大切な子供だから憎悪を覚えちゃうなんてあってはならないって思っちゃうし、間違っても「お前さえいなければこの仕事だってすぐに終わるのに!」なんて思っちゃいけないっていう葛藤が心を苦しめるっていう経験は多くの親が味わってきた事だろう。

その辺りもあって、自分に余裕がなくなっちゃう事って想像以上に多いんだけど、最近はそう言う自分も認めなきゃなんないなって気持ちが強くなってきている。

子供は大切。自分の子供は愛してる。でもそれと相反する感情と折り合いつけて生きていくには「子育て」というカテゴリは本当に邪魔。いっそそれを取っ払ってしまおうって。

子育てじゃなくて家族として成長するって決めた

僕たち新人親にとって子育ては未知の領域であったとしても、子供にとっては生まれ落ちたその瞬間からすでに僕たちは親なわけで、そして子は親に完璧を求めるもので。でも完璧になれないから苦しくてって言う延々とした連鎖はもう面倒で、その辺り「親として成長する」って感覚もなんだか狭っ苦しい。

大体、子育てにおいて「これやっちゃだめあれやっちゃだめ」とか言い出したらもう何も出来ないし、方法論ばかり提示する割にそもそも理想の子育て理論とやらを全部実践したら将来どんな子供になるのか誰も教えてくれないし、お前は世界を救う博愛主義の勇者でも育てるつもりかみたいなところまで行っちゃって何がなんだか分からない。

共働きと言う事もあって、保育園に通わせたり、時々風邪を引いて熱を出してしまい、さらにこちらの仕事も詰まってて構う暇すら無いという場合は可哀想と分かれども病児保育で預けなきゃならないときもある。
申し訳ないと思いながらも、後で精一杯構ってやろうって大人の都合による帳尻合わせに自己嫌悪する事だってしょっちゅうだ。

でもそんな事言い出したらキリが無いし、その度に自分を否定し続けたって報われるわけでもなかろう。
人は完璧になどなれぬ。でも不完全背負ってなお子供に伝えたいこともある。親として知らねばならぬこともある。

と、いうわけで。子育てだとか、かくあるべき親としての姿だとか、そう言った小さなカテゴリは捨ててしまい、「もっと家族になろう企画」が我が家でスタートした。

いざ見渡せば家族の中どいつもこいつも不完全で未熟な連中が揃ってるんだから、いっそ全員で大きくなるために出来る事を考えようみたいな。

もしも親が間違えたなら、自分の間違いを伝え、子に謝ろう。
もし子が間違えたなら、何を間違ったのか親として正しく教えよう。
親として恥ずかしい背中は子供に見せられぬ。
子の持つ自由な発想は見習う事が数多くある。

その程度の単純な事だけれども、家族全員がお互いに対して、人に対して誠実である事を目指していけば、なんぞか見えてくるものがあるかもしれぬ。

みんなで大きくなろう。

夫婦として

相変わらずな日常の中で、子供に会話を邪魔されることは数多いものの、付き合い始めた当初に比べると随分会話数が「増えた」気がする。

家の事とか、子供の事とか、仕事の事とか、週末はどこへ行こう? ドライブには海が素敵ね などと小粋なトークを挟みつつだけれども、少なくとも僕は自分の妻に対して誠実でありたいという気持ちもあって、時々それが熱っ苦しいよ! などと言われながらも気持ちには応えてくれるような、そんな感じ。

薬指にある結婚指輪を気にする事も無くなったし、時々友人知人の結婚の話なんかしてみても「あの頃も懐かしいよな」などと思いを馳せてみながらも、10秒後には子供の七五三の衣装の話をしてみたりと、「結婚」と言うものに対して意識が薄くなってきている事もそれはそれとして事実なんだけれども、多分それは「結婚」って言葉だけが空気になって、僕らは今もずっと一緒に「生活」しているんだなーって言う実感。「結婚生活」ではもうない。

共働きというライフスタイルだけれども、僕が自宅で仕事をし、妻は職場に出かけてと、ちょろっとだけ周囲と違う生活ではあるものの、なんとかかんとかでやってきていて、幸いな事に「毎日毎日自宅で遊んでんじゃねぇよ働け!」などと言われることもなく、兎にも角にも最愛のパートナーとともに5年目を迎える事が出来たわけだ。

日々の生活は楽しいけど良いことばかりではなく、悪いニュースもあるし、時々、本当に時々険悪になることもあって、綺麗事ばかりじゃないよなってパソコンの前でため息つく事もあるけれども、幸せになりたいよな。幸せにしてやりたいよなって気持ちだけで今日も今日とて目の前の難題に立ち向かったりなどするものだ。

結婚してりゃ、行動に制限は多くなるし、泊まりでお出掛けなんて相当説得しないとできないし、遊びに出かけるのも一苦労で一人の時に比べてしんどいことはやっぱり多いのだけど、それでも結婚って悪いもんでもないよなぁっていう実感の中で日常を楽しんでいるって言う最近の僕の事情だったりするってところで5年目の結婚記念の話でも締めくくりましょうかい。

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