デザインって思いやりの形だと思うんだ

2012年06月06日(水)【
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デザインを構築する際に考えなきゃいけないことの一つとして、「誰がそれを見るか」って言う意識は絶対に必要なものだと思っている。

もちろん見栄えを良くしたり、誰もが唸るような優れた配置って言うのも大事なんだけど、まず何よりも大切なのは「誰に向けたものであるか」ってことなんじゃないかなと。

優れたデザインと言うのは視覚性、利便性に優れているわけで、視覚性、利便性に優れていると言うのは「誰にでも優しい」と言うことだ。
誰かが嬉しくなるものであればもっと良い。
クリエイティブ云々を語る前に、今作っているデザインは「誰のためにあるのか」を考えなければならないと思っている。

デザインはアートじゃない。
人を納得させなければならないものであり、誰かに伝えたいものを正確に伝えるためのものだ。
そのためには周囲の気遣いや配慮、マナーに関することだってちゃんと考えておく、いわば人間力のようなものも必要になってくると思うのだ。

今回はそんなお話。

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人への思いやりを形にしたのがデザインじゃないの?

何度となく書いたことがあるんだけど、デザインの基本は「視認性」を効率化することで、出来うる限り見る人がストレスを感じないように形作っていくことが重要になる。

また、近年では「ユニバーサルデザイン」とか「バリアフリーデザイン」と言ったような言葉があるように、出来る限り多くの人が利用しやすいものを目指しているわけで、確かに訴える力や相手をその気にさせる力と言うものも求められはするんだろうけど、とにかくまずは「見る人が分かりやすいもの」「使う人が心地よく感じるもの」を徹底して初めて成り立つものじゃないだろうか。

これって、作り手としては「この部分をこうしたら読みやすくなるかな」「こっちの方が見た目としてストレスないよな」などと、なんども試行錯誤しているわけで、そのとき作り手は何を考えているだろう。
大切な人への何かかもしれないし、まだ見ぬ誰かのためかもしれない。単純に仕事をくれるクライアントのためかもしれない。
でも、そこには確かに人がいて、人に伝えるための何かを作っているはずだって言うことに間違いはないはずだ。

デザインはコミュニケーションの一つと捉えているって言う人の話を聞いたことがあるんだけど、確かにその通りで、デザインにおいては「自分が納得できれば良い」で完結できるものではない。
必ずその先にクライアントだったりエンドユーザーだったりいるわけで、彼らに対してどのような配慮ができるのかって言う気持ちがあるのとないのとでは仕上がりが絶対に違う。

そのような配慮が形になったものがデザインであり、誰かの元へ届いていくのだ。

求められる人間力

人間力の強さの定義はよく分からんけど、少なくとも人と接するときには礼儀を重んじたり、それとなく気遣いが出来たり、どれだけ親しくとも、それぞれの持つ領域に対して配慮をする、家族であってもマナーは守りあうみたいな、そういう社会で生きていくために必要なものや、どうすればこの人は笑ってくれるのか、どういう風に人を楽しませることができるかなど、そう言ったことにまで気が回る人の作るものって言うのはセンスを問わずして優れていると思う。

そう言った配慮はデザインにも反映されていて、その人の持つ気遣いが随所にちりばめられているものを見ると、尊敬の念すら覚えるし、納得の出来るものがとても多い。
上記でセンスを問わずって書いたけど、得てしてそういう人ほどセンスが良かったりもするものだ。

クリエイティブって言葉を盾にするのはどうか?

優れたデザインには優れた気遣いがあると思っているところもあるんだけど、それって作る人は本当に「クリエイティブ」を考えたのかな? 多分それはないと思う。
クリエイティブって言う言葉はもしかしたら自分の作ったものを見た誰かがそう思ってくれるものかもしれない、相対的なものであって、自分が「今俺クリエイティブしてる」なんていうのは軽い自虐ネタみたいなもんだろう。

デザインの前提は「誰かに大切なことを伝えるためのもの」であって、クリエイターとやらの集まりで見せ合って馴れ合うためのものじゃない。

ましてやクリエイティブを盾に、無礼な態度を取って良いものじゃないし、人として、社会に生きる者としての礼儀も出来ず、何がクリエイトだって言う気持ちもある。
本当にそこに伝えたい人はいるのか。伝えるために何が大事なことなのか、それを分からずに人に何かを訴えかけるなんて到底不可能だ。

嬉しいデザインってあるんだよ

同級生が結婚することになって、その招待状が届いたんだけど、その招待状は全てお嫁さんの手作りで、開いてみるとカッターやはさみを駆使して作ったんだろうなーって言う立体の造形が出てくるもので、嗚呼、どれだけ綺麗な写植文字駆使して、綺麗なオブジェクトを配置したとしても、これより綺麗なものは絶対に作れないなと思ってしまった。
きっとこれもデザイン。大切な誰かのために存在したもの。

決して少なくない招待客に対して一つ一つ手作りをして招待状を送ってくれた同級生に尊敬の念を込めて。
そこにデザインの全てがあるような気がして色んなことを思ってしまったりもした今日この頃。

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